いろいろなお話がワールドメイトで聞ける

融通無碍な日本の神道を理解する

神道は多神教だけど、いまさらだけどその良さに最近気がついた。

あれはダメ、これはしてはいけない、みたいな面倒な戒律も無いし、八百万の神様がいらっしゃるおかげか、融通無碍なんだよね。

たとえば日本に仏教が入ってくれば、神道はそのままに、神仏習合を長い間行ってきたり。

二つの全く違った宗教が、合体してうまくやる例は、海外でもあるにはあるけどね。

少なくとも一神教では絶対にありえないことだよね。

神道は仏教だけでなく、儒教や、老荘と結びつく例もあり、よく言えば柔軟で融通無碍なんだよね。

良いものは、矛盾するところがあっても、柔軟に考えて取り入れてきた。

これはそのまま、日本の風土にもなっている気がする。

ワールドメイトでは、神の道についてのお話しをよくされるけど。

神道には聖典と言える教義がないから、仏教や儒教の教えをもとに、違いや共通する部分を説明されることもある。

ちなみに、ワールドメイトのことを、他の宗教の良いとこどりをしているように思う人もいるそうだ。

理解力が浅いと、そう思えるのかもしれないけどね。

深見東州先生が、あらゆる宗教への理解が深いからこそ、できることなんだけどね。

それで禅宗では、自己本来の面目とか、主人公とか言う言葉が出てくる。

もちろんドラマの主人公とは意味が違うよ。

人の中に内在する、内なる神のことだよね。

主人公のことを、環境に左右されず、いつも環境を支配する主人公であれと、説明する人もいるようだけど。

それは外層にとらわれず、うち定りたる様のことを指す禅定の境地のことだから、少し意味が違うけどね。

次に儒教では、陽明学における良知という言葉が、禅宗の主人公と同じ意味になる。

その良知の発露を妨げるのが欲心で、それを取り除けば良知が現れると説いているよね。

老荘思想になると、「老子」に「学するものは日に日に益し、道するものは日に日に損す、損して損して、もって無為に至る。無為にしてなさざるを無し」とある。

これも似たような意味で、前半は儒教の行き過ぎた弊害を説いている。

後半で、人為的なものを捨てていくと、無為に至ると説いている。

無為とは何もしないと言う意味ではないからね。

人為的なものをなくした状態が無為だけど、それは禅宗でいう主人公、陽明学でいう良知が現れた状態だよね。

それで、何もかもがうまくいくと言いたいわけだよね。

他にもたくさんの例があるけど、儒教にせよ、仏教にせよ、極めた人は表現こそ違うけど、内なる神を出すには、人為的なもの、欲心を捨てるように説いているよね。

内面の境地としてはいいけど、もし現代に生きる自分たちが、それをそのまま生活で実行に移すとなると、これはこれで、出家するとか、隠遁者にでもならない限りは難しいことだよね。

深見東州先生も、王陽明は素晴らしいと言われているけどね。

経営者には、空海のように欲望を否定するのではなく、コントロールするやり方について言われていた。

ワールドメイトとは別に、菱研では経営者向けのセミナーも開催されているけど、経営者には闘争心が大事だと強調されていた。

宗教家が闘争心を説くと、何やら物騒な感じがするけど、経営者に闘争心がなければ、ライバルに負けてしまうんだよね。

カトリック系では、聖職者は、世俗的な経営者になることに対して制限、禁止しているよね。

プロテスタントになると、カルヴァンの予定説の影響か、すべての物事は神の業(わざ)ということで、経営者として正当に富を築くことにも抵抗はなく、兼業している人も多い。

日本でも、僧侶の資格をもち、あるいは教祖をしながら、経営者として成功している人もいるよね。

あるいは、深く仏教などに帰依する信仰者であり、経営者である人になると、もっとたくさんいるよね。

もちろん、深見東州先生もその代表格になると思うけど。

カルヴァン派とは関係なく、一見すると矛盾する、宗教活動と世俗の企業経営を両立できるのは、やはり神道の性質と関係があるようだ。

ワールドメイトで理解できたのは、八百万の神というだけあって、経営者を助けてくれる力強い神が存在している。

また、ライバルに打ち勝ち、悪どい人間に負けない知恵を授ける神様もいる。

また、不浄な人間であっても、それでも聞いてくれる寛容な神様も存在する。

神様は動かなくても、先祖霊たちは、少しくらいわがままな願いでも、動いてくれたりすることもある。

人間からすると矛盾するように思えることでも、人の幸せになるのなら、融通無碍に対応すればいいじゃないかみたいな、そんな感じが日本の神々、風土にはあるのかもしれない。

宗教は弱者を救わなくてはいけないし、大事なことだよね。

経営者は、どこまでも会社を潰さずに、従業員も幸せにしなければならない。

それが社会への責任の一つでもあると思うし。さらに大きく社会に貢献できるともっと良いよね。

そんな経営者の味方になってくれる神々もたくさんいるのが日本なんだよね。

それが日本の神様の実態であり、事実だから。

そういう面からも、経営と信仰の両立には、何の矛盾もないことがわかってくるんだよね。

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