深見東州著作の紹介

ジャーナリストが書いた、深見東州先生の本がまた出たよ!

深見東州先生の書き下ろし新著ではないけど、深見東州先生のことを書いた著作が、またまた出版された。

ここ2、3年、2024年の「異人深見東州の実像」小林圭一郎著や、2025年の『私は知っている、深見東州と出口王仁三郎の本当のこと』瑞松華翁著、今年2026年初っ端に出た、月刊日本の記者が書いた「深見東州まほろば活動録」、そして今回出版された「ISPS半田晴久の限りないゴルフ愛・人間愛」宮崎紘一著と、ジャーナリストなどが書いた本が続けて出版されている。

その他にも美術関係で、2024年に「深見東州の絵画と評論」松井武利、他美術評論家による絵画評論、そしてほぼ毎年1冊非売品として個展来場者に配布されてきた「深見東州選りすぐり絵画展」シリーズ(現在11まで発行)などもあるし。

深見東州先生自身による完全書き下ろしの新刊は、久しく出てはいないと言っても、ワールドメイト会員向けのメルマガは、来年には6000本を超えるんじゃないかな。まぁ、25年間にわたっているけど、新書サイズに換算すると、軽く20冊相当以上になるかも。

そんなわけで、一般書店や通販サイトでは、深見東州先生について書いたジャーナリストや美術評論家の書籍が出回っているよね。

『私は知っている、深見東州と出口王仁三郎の本当のこと』を除き、ワールドメイトと全く関係ない人たちが書いたものだけに、深見東州先生が一般社会からどのように評価されているのか、見られているのかの一端が理解できる。

同時に、深見東州先生の普遍的な活動を取材しているケースが多いので、その活動の奥にある深見東州先生の思想や考え方を紹介しているものも多く見られる。

今回、新たに出版された「ISPS半田晴久の限りないゴルフ愛・人間愛」宮崎紘一著も、そういう意味で、誰が読んでも何かしらためになる、得られるものがある本になっていると思う。ゴルフに興味がなくても、十分に読む価値ある内容になっている。

この宮崎紘一という記者は、あの日刊ゲンダイにも時々コラムを書いているけど、「日刊ゲンダイ」ほど、毒舌で激しい論調の新聞も珍しいよね。

特に自民党政権をボロカスに書いているから、左翼的な主張が好きな人には刺さるのかもしれないけど。

宮崎紘一という人も、実はかなりの毒舌というか、ゴルフ界を激しく糾弾するような記事も書かれていてびっくりしたこともある。

もちろん、ゴルフ界のことを愛しているからこその、辛辣な批判という見方はできるけどね。

聞くところでは、深見東州先生に対しても、最初はかなり懐疑的だったようだ。

しかし深見東州先生が、とても丁寧に取材に対応され、疑問に対しても、納得いくまで回答してくれることや、相手によって態度を変えたり、差別したりしない姿勢にだんだん心をひらかれ、抱いていた偏見もなくなっていったのかも。

そして、深見東州先生の生き様や、深い思考に感心し、ゴルフ界に対する深い愛情からくる、ゴルフの社会貢献に感じるところがあったからこそ、毒舌で知られるジャーナリストも、深見東州先生に対しては肯定的な記事を書くようになったのかもしれない。

似たようなことは、各スポーツ紙の記者に対しても言えるのかもね。

複数のスポーツ紙が、深見東州先生のさまざまな活動を、ときどき誌面をさいて、紹介してくれるよね。

その取材をしてくる記者たちに、毎回時間をとって、丁寧に、しっかりと回答をされているのを、見たことがあるけどね。

ジャーナリストとの信頼関係や、相互理解があるからこそ、あのように記事を載せてくれるようになったのかもね。

テレビや雑誌の取材などでも、相手が誰であれ、決して偉そうにされないからね。

テレビ東京、歌って踊れる教祖・深見東州って誰だ!!「それってタブーですか?」を見た

今年も、あと数日で終わりになるけど、最後 ...

気さくに応じて、隠したり誤魔化したりされないから、相手も深見東州先生の人間の大きさを感じるんじゃないかな。

この著作の中から、一つだけ記事を引用させてもらおうかな。長めになるけど、深見東州先生自身の言葉も含めて、理解に役に立つと思ったから。

「ISPS半田晴久の限りないゴルフ愛・人間愛」宮崎紘一著から

7つの名前と顔を使い分けての活動が、若さと元気の源に

半田氏には、幾つもの別名がある。本名は半田晴久だが、その他に今回の「深見東州」「戸渡阿見(ととあみ)」「炉端手煮露(ろばたでにーろ)」「世界の中心で笑いこける」「東州なんちゃって冠者」「シェフ東州」と、何と本名を含め7つの名を使い分けている。

余談だが、1960年代(昭和35年)に東宝映画で「7つの顔の男だぜ」というシリーズが大ヒットした。当時のトップスター片岡千恵蔵(相当の年配者しか知らない?)が、多羅尾伴内という私立探偵に扮し、「ある時は~」と7つの名前を使い分け、悪を倒すというストーリーだ。後に、その役を小林旭が演じた。半田氏の7つの名前は、それをはるかに凌ぐスケールの大きさだ。

簡単に説明すると、本名の半田晴久は、ビジネス (大学受験予備校のみすず学苑や時計事業、観光会社、ヨットのマリーナ、薬局・クリニック、出版社など、国内外で10数社を経営)や経営評論、日本や世界のVIPとの交流、ビジネス分析、ゴルフ、その他スポーツ関連の支援。

深見東州は、画家、書家、華道、茶人、福祉家、宗教家、文芸家、音楽家(オペラ、ポップス、シンガー・ソングライターなど)、能、舞台俳優、創作バレエ、パントマイム、演劇、劇団経営、漫談など。

戸渡阿見は、俳句、短歌、詩、川柳、小説、劇作家、脚本、演出家。

炉端手煮露は、ジュエリーデザイナー他。

シェフ東州は、料理人としての名前で、常々B級グルメ研究家として知られ、レシピ集に「プーさんのおいしいレシピ集」(たまごの料理篇)(ごはんの料理篇)(飲み物篇)などを出版。今回も、白衣とコック帽を被って手頃な料理の実演をしている。

とにかく多芸多才。よくもまあこれだけ(まだ紹介しきれない演目がたくさんある)の演目や、事業をこなせるものだと感心を通り越して、驚くばかりだが、実はここに半田氏の生き方というか、信条が隠されていたのだ。

やる事や肩書が多すぎて、正体がわからないという謎に答える

「これまでいろんな人に言われたり、また耳に入ったりするんですね。『あの人は、いろんな分野に手を出しているけど、一体本業は何なんだ』「あまりにいろんな事をやるので、何をやろうとしているのか、まったく正体が分からない』『あのエネルギーは、一体どこから来るのか、人間離れしている不思議な人だ』とまあ、いろんな声が聞こえてきます。

ですが、本業は一つじゃなきゃいけないんですか。私は一つの本業に縛られることなく、全部本業なんです。私の人生という舞台で、自分をどう表現するか、また、どう思われるか。そんなことはどうでもいいんです。ただ、多くの人が喜んで幸せならそれでいい。それが、本当の舞台人。本当の花心です。

自分というちっぽけなものを捨てれば、無為にして成さざるはなし、これは世阿弥の求めた能楽師の道、老子の教えです。だから私は、ちっぽけな自分を捨て、能のように、面や衣装を変えるだけで何者にもなり切れるのです。得意、不得意や、神や人間、化け物の区別もない。私はあらゆる面をつけ変え、あらゆる役になり切り、楽しくユーモアをもって、人々を幸せにしたいだけです。人間は、自分のことを考えるから行き詰るのです。でも、私は自分のことなど何も考えていない。だから、行き詰りません。それが自由に、いろんなことをやる理由です」

自分の生き方に、壁や限界を作らず、自由に生きる。これは凡人には難しいこと。それが出来る半田氏は、やっぱりただの人ではないと言える。

阿弥の精神こそが、人間の本当の生き方に通じる

半田氏の別名「戸渡阿見」は、それを裏付ける確たる理由がある。ちょっと話しは難しくなるが、半田氏が精力的に絵画や書道に取り組む背景には、日本文化の歴史的な芸術哲学がある。

西洋のルネッサンスは、ジオット、ミケランジェロ、ダ・ヴィンチ、ラファエロなどが有名だ。

しかし日本にも、室町期にルネッサンスがあった。観阿弥、世阿弥、能阿弥、室町未期の戦国時代には、本阿弥光悦がおり、これらの阿弥たちが日本文化を作っている。彼らは日本のダ・ヴィンチや、ミケランジェロだと言える。しかも、日本の方が西洋よりも100年から一五〇年も古い。

この日本型ルネッサンスの芸術家は、なぜ「阿弥」を名乗っていたのか。それは、南無阿弥陀仏の「南無」は帰依する意味で俗人を指す。「陀仏」は出家。その中間の「阿弥」とは、俗人と出家の間を指す言葉。さらに言えば、俗人でも出家でもないが、同時に俗人であり出家でもあった。彼らは「阿弥」と名乗り、芸術の修練や、向上を通して、死ぬまで魂を磨くことを目指した。日本型ルネッサンスの芸術家は、出家と俗人の間の「阿弥」の人生を送った人物たちだ。

半田氏のペンネーム「戸渡阿見」は、ここから来ている。阿弥を、阿見に変えただけだ。また、戸渡はエジプトの文章の神、「トト」から来ている。

半田氏は、一生阿弥の生き方を送り、自分の魂を高め、深め、磨き、それを楽しみながら、固定概念に囚われず、明るく、面白く死にたいと願っているという。そうした哲学が、多くの作品を残し、様々な分野に手を染める秘密でもある。

「日本男児の大和雄心、大和魂の爆発を見よ!」の熱い気概

そして、いつまでも元気で、自由に生きる根底には「悟りや思想の奥が浅い、西洋人なんかに負けてたまるか!」「日本男児の大和雄心、大和魂の爆発を見よ!」という、気概と、ど根性で生きているという。

ただし、西洋人や、西洋文化なんかに負けないという気持ちは強いが、日本と東洋に偏った偏屈芸術家ではない。西洋には、別な意味での愛情とリスペクトがある。それが、世界中に交流を広げる大きな理由だ。やはり、俗人とはかけ離れた人物でもある。

半田氏が、英王室のロイヤルファミリーや、世界中の名だたるVIP(日本も含めて)と長く親密な交流と絶大な信頼関係を築いているのも、理由がある。それもご本人から聞いた。

人間にとって一番大切なのは義の心

「人間にとって一番大切なのは"義の心”です。カントは「義務を果たすこと」、エドガー・ケーシーは、「辛抱すること」だと言っている。私はさらに、義の心だと言いたい。よく物事を成功させるには、3つの法則が必要だと言われています。

  1. ・興味を持つ。
  2. ・好きになること。
  3. ・有意義であること。

これは一見良さそうな言葉ですが、継続の観点から言えば間違いです。興味は薄れれば、好きは嫌いになれば、有意義は意義を見出さなくなれば、みんな続かなくなります。しかし、義の心なら永遠に続きます。私は、自分の経験ではっきり言えます。こちらが義の心を忘れなければ、よほどのことがない限り信頼関係は崩れません。

私は、低迷と言われる男子のゴルフツアーの応援を続けています。見返りのない男子ゴルフには、見切りをつけろとも言われます。でも、一端関係を持てば、悪いときこそ余計応援するのが義ではないですか。浮き沈みで態度を変えるのは、ただの損得勘定に過ぎません。

この間青木功さんの叙勲の式に出席したとき、当の青木さんや、プロゴルフ関係の偉い人たちに『今の男子ゴルフに必要なのは、半田さんのような人』と言われました。きっと人間はいいときに寄ってきて、悪くなると離れていく。それを実感として受け止めたからでしょう。継続は力なのです。

私は30年ほど前に、貧困と内戦で苦しむカンボジアのために病院や大学、ファンドを立ち上げて、苦しむ人たちを支援しました。それは、今でも続けています。そして、健康になって立ち直った人、優秀に大学を卒業して国のために働く人。貧困から抜け出して、社会のために奉仕している人など、大勢現れています。これも、いつも変わらぬ気持ちで続けたからで、今ではカンボジアの多くの人たちや、国の組織から5つも勲章を頂き、交流を続けています。

プロゴルファーも活躍できなくなったからと見放したりしません。それぞれが一生懸命生きているのです。ビジネスだからと割り切るのは、大会社の論理。それだけでは、社会貢献がありません。

40年近くブラインドゴルフを支援していますが、絶対に憐れんだり、世話をしてるという態度はいたしません。彼らは、同情されるのを極力嫌がります。福祉とは、自己実現のお手伝いなのです。みんな自分の力で何とかしたいと努力してるのです。そのために、その努力をリスペクトして、お手伝いする心が大事なのです。それを続ける"義の心”がより良い人間関係、信頼関係を築き、人間を大きく成長させます。だから、私は死ぬまで阿弥と義の心で、自由に人生を生きるつもりなのです」

義の心を持って、自分を捨て、利他の精神で、明るく、楽しく生きる。凡人を超越したスケールの大きな生き方は、人間の常識をはるかに超えている。本当は、人間ではなく宇宙人じゃないのだろうか?、とも思ってしまう。

「月刊ゴルフレビュー」 2025(令和7)年4月20日発行

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