深見東州先生は、ワールドメイトの宗教活動以外にも多くのことをされている。
何度も書いてきたので、今日はその詳細には触れないけど、あまりに多くのことをされているので、一般人というか、自分も含めて平凡な人間からすると、おそらく何がなんだかわからないかも。
たくさんのことをやれるから、スゴい人なのだろうと、認めてはいても、なぜそんなことができるのか、なんのためにやっているのかが理解できないゆえに、怪しいとか胡散臭いとか、そんな風にネット上で書いてる人もいるよね。
あるいは、フェイク情報に騙されて、全く頓珍漢なことを書く人もいるし。
そんな人たちは、深見先生のことを詳しく知らないばかりか、深く調べようともしないだろうから。
まぁ、調べたとしても、玉石混交のネットの情報だけでは理解できるはずがないし。わかった気になっているとすれば、勘違いも甚だしいかもね。
ワールドメイトに入会して何十年も一緒に活動を見てきて、参加して、ようやくある程度理解できるようになる程度だから。
まぁ、それでもポイントになる部分はあるので、今日は、そのことを短く説明されている深見東州先生のインタビューを参考までに書いておこうかな。少しでも参考になるといいな。

幅広い活動に駆り立てる、情熱の根源は何かと問われたら、芸術も宗教も福祉も会社の経営も、最終的には、人々の幸せのためにやるという、宗教的情熱や、宗教的信念からです。人々が幸せであればいい、より良くなればいい。人々の塊である社会が、より良くなり、人々が一層幸せになることを願っている、ただそれだけです。
二〇一九年六月に「G20世界宗教サミット」(主催NPO法人世界開発協力機構・半田晴久総裁)を開催したのですが、そこに出席していた、元英国国教会カンタベリー大主教ロード・ジョージ・キャリー氏は、「英国国教会には信者が八千万人ほどいるのですが、信者を増やすことがどうのこうのというよりも、人々が幸せであればいい、世の中が良くなれば、それでいいのだ。宗教と言っても、それだけだよ」と、言っていました。
まったくその通りです。まったく同感です。どんなに教団が大きくなり、信者が増えても、人々が幸せになっていなければ、意味がないのです。宗教家としては、そこを最も大切にしています。
また、真善美をすべて究めないと、本物とは言えないのです。真善美とは、真は科学や合理性、学術。善は宗教、福祉、教育、スポーツ、文化振興。美は芸術です。三つ全部そろって、初めて神の三局面なのですが、宗教家というのは、その一部である、善の一部分を務めるに過ぎないのです。それなのに、あたかも己が、神を一番良く知ってるかのごとく、傲慢な宗教家が多いのです。本当は、そうではないのです。
物理科学を究めたアインシュタインが、宇宙のメロディーを聴いたとか、発明家のテスラが、宇宙の中心からメッセージが来て、設計図も浮かんでくるとか、言われています。音楽家のモーツアルトが、天上界のメロディーを、そのまま楽譜にしたと言われます。こういう実例は、無数にあります。
スポーツであれ、芸術であれ、科学であれ、社会事業家であれ、それを究めた人は、宗教家より、よほど真実の神を知り、体験し、体現してると言えます。現代の宗教家が、どれだけ宇宙のメロディーや、神の叡智や、神の大愛を表現し、実行してるのでしょうか。できたとしても、ほんの一部にすぎないのです。
ところで、普遍的宗教性というのは何かというと、人類愛と人道主義と社会貢献です。宗教を信じていようがいまいが、人類愛に基づく行動、人道主義に基づく行動、社会貢献しようという心や行動は、普遍的な人類の仏性であり、神性であると言えます。これが、普遍的な宗教性と言えるのです。
そういう、普遍的宗教性のない宗教家は、どう見ても偽物であり、ドグマの塊だと言えます。若干ドグマがあっても、それは個性であり、普遍的宗教性を実行していれば、それは本物だと言えます。
私はそういうふうに考えて、普遍的宗教性を実行する、神道家というスタンスの、宗教家をめざしています。厳密に言えば、神の三局面の真善美を、同時に実行する神人であり、そういう宗教家でもありたいと、願う者です。
ビジネスでも、基本は同じです。日本型ビジネスは、お客さん良し、社員良し、世間良しという、伝統的な近江商人の、「三方良し」の精神なのです。日本型ビジネスは、最終的に人々が幸せになり、より良くなり、社会も良くなるということで、西洋型ビジネスとは、本来角度が違うのです。最近は、変形してますが。
しかし、私はそういう考えで、当初より、ビジネスをやり貫いています。そういう精神でないと、神仏も、味方してくれないのです。これらの事が、神仏の御心にかない、神様がやってほしいことではないかと思うのです。
繰り返しになりますが、本当の宗教家なら、倍者を増やすとか、教勢を広げるというよりも、人々が幸せになり、より良くなり、社会が良くなるために働く、それだけのはずです。本当の宗教家なら、もっとそこを見ていかなければいけません。それが、「G20宗教サミット」の結論でした。
福祉、芸術、スポーツ振興、あるいは政治、経済、ビジネスも、究極は、人々が幸せになり、より良くなり、社会がより良くなるためのものです。私は、それだけのために、一生かけて死ぬまでやっていこうと思います。
この人物は何者なのか?異人深見東州の履歴書-特別インタビュー。著者小林圭一郎

