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いろいろなお話がワールドメイトで聞ける

最近のワールドメイトのオンライン神業で思ったことは

コロナが発生したおかげというのも変だけど、最近のワールドメイトは、オンラインによる新しい形での神業もはじまった。

家にいながらライブ参加している感じで、今までにはないものを感じるけどね。

神業に参加しやすくなってよかったというワールドメイト会員も多い。

 

 

それで先日、家で参加しながら聞いた深見東州先生の話は、忘れかけていたことを思い出して、改めて納得した。

思えば、みじかなところにも、あるいはネット上なんかでも、神様のことをかなり誤解している人が多いなと思う。

何か大きな災害が起きたりすると、神様を信じない人は、本当に神様がいるならこんなひどいことを起こすはずがない、みたいなことを言う人もいるよね。

あるいは、神様を信じている人に酷いことが起きるのはおかしいじゃないかと、思い込んでいる人もいる。

 

でも、実際には信仰を持っている人でも、悲惨な亡くなり方をする人もいるわけだからね。それをみて神様の存在を信じないとか、信じれなくなる人もいるんだよね。

まぁ、人それぞれの思いというのか、固定観念があるわけだけど、いろんな宗教の神話とか、文献とかをよく読んでみると、神様ってどんな存在なのかがおぼろげにでも理解できるはずなんだけど。

ワールドメイトでは、深見東州先生がいろんな宗教のことをよくご存知で、他宗教の教えもまじえて神様について率直に語られるから、神様のことを理解するヒントがたくさん聞けるけどね。

本当の神様とはどんな存在なのかが、完全に理解することは無理でも、かなり正しくイメージしやすくなるから。

文章でそれを書けと言われると、とても難しいことだけどね。

 

神様は人間が簡単に理解できるほど単純な存在ではないけど、人と同じように人格のようなものがあり、また、同じような心や感情をお持ちなんだなと、だんだんわかってくる。

それで、よく勘違いするのが、神様というのは愛に満ち満ちている存在のはずなのに、困窮する人間を救ってくれないのはおかしいと思うことかな。

神様が、そんな溢れるばかりの愛を持っているのは事実なんだけど。

でも現実には、何の罪もないのに劣悪な環境にさらされ苦しんでいる人たちがたくさんいるから、本当の神様がいるのなら、なぜそんな人たちを早く救ってくれないのかと思う人も出てくるよね。

まぁ、もっともな疑問なのかもしれない。

 

 

たとえば、旧約聖書の出エジプトの話によると、当時のユダヤ人はエジプトで大変な苦労を味わっていたけど、その民がモーセに率いられて出エジプトするまでには、何百年もの祈りの日々を要している。

一人や二人を救うのならともかく、民族全体を救うとなると、そんなにちょっと祈ったからと言って、すぐに今の環境が変わるわけではないという、いい例かもしれない。

多くの民を救うことを実行できる人物が現れるまで、あるいは王朝が代わったり国の政治が変わるとかで救われるにしても、それにはかなりの年月を要するよね。

神様が影で応援しつつも、実際にはしかるべき人物が出てきて、人々が動いて初めて環境が変わったり、政治が変わったり、苦しんでいる人が救われていくわけだからね。

 

神様も相当な時間が必要なんだと思う。何しろ人間の世界のことは、人間の努力や行動を通して変わっていくのが本当で、それは神様が決めたことだから、神様が奇跡を起こして瞬間に救うなんてことはされないし、できないよね。

まぁ、そこまで大規模ではなくて、小規模なことがらや、個人的なことなら、もっと早く救う事ができるとは思うけど。

 

それにしても、もう一つの神様が決めた因果の法則というものがあるから、それがしっかりと影響してくる。だから小さい願いだと言っても、必ずしも思うようにいくとは限らないよね。

人には前世や、今世で知らないうちに積んでしまった劫もあるからね。その場合はなかなか思うようにならないかも。逆に徳分の方が多ければ、すぐに叶うとは思うけど。

 

仮に、なかなか思うようにならなかったとしても、前向きに考えて祈り続け、できれば周りの人たちの役に立つこともしていると、ある時期から変わり始めることが多いけどね。

そのような因果の法則や、人間界のことは人間が主体となって行うという神霊界のルールがあるから、それをじっくりと学び、信仰の体験も積むようになると、神様の存在を少しは正しく理解できるようになるのかも。

 

 

それから最初に神様は愛に満ちて、慈悲の塊のような存在と書いたけど、実はそんな一面だけではないことも知っておかないといけないよね。

深見東州先生によると、中国古典の「老子」の教えは、儒教の聖人の教えに対するアンチテーゼと言われていた。

そこには、「聖人は人々を藁人形のように扱う」みたいな衝撃的なことも書かれている。

 

儒教には、仁義礼智信を備えた、聖人君子になる道が書かれているけどね。

当然のことながら聖人が、人を藁人形のように扱うなんてことは書かれていない。聖人としての愛と知恵に溢れる一面しか書かれてないわけだよね。

でも老子では、そんな儒教の教えで語られなかった別な一面というか、真逆に思えるような面を指摘している。だから儒教に対するアンチテーゼになるのかな。

 

いくら聖人君子のような為政者だったとしても、実際には厳しく人民を裁く面もあったはずだからね。またその時代環境において、必要とあらば、戦ったり殺戮もしてきたはずだから。

これは今も昔もそうだけど、社会では様々な利害が対立しているので、片方のいうことを聞けば、片方には不満が残るよね。

賢い政治家なら、大局から見て、最もよい方向を選ぶとは思うけど、それでも国民全てが納得できる政治なんてできないからね。

もしかすると半分の人たちは反対するかもしれない。そうなると、最後には切り捨てられる人々も必ず出てくるよね。

 

藁人形のように扱うという言い方は、とてもきつい表現だと思うけどね。

でも実際にはそのような一面を持っていないと、リーダーは政治において何も決められないし、社会が発展し、良くなっていくこともないよね。

社会における諸々の問題を解決しようと思ったら、綺麗事だけでは解決しないことがほとんどだからね。

そこを老子は分かっていて、そのような表現になったのかなと思うし、それは神様がやることにしても、やはり同じことが言えるのだろうと思う。

 

他にも儒教ではあまりに現実的な処世術に偏っているので、逆に老子では、神霊界の玄々妙々の教えが中心になっている。とても難解だけどね。

 

 

ところで大本神諭だったと思うけど、国常立大神が、日清日露戦争や第1次世界大戦までは日本は勝つけど、そのあとの太平洋戦争ではさんざんに負けてしまうことを予言していた。

神様だったら、そもそも戦争にならないように動いて欲しいなと、今の世に生きてる自分たちなら思うけどね。

まぁ、当時は軍事力で他の国を支配する時代だったと思うし、多くの人たちが死んでしまう戦争にしても、神様も仕方がないというのか、特に否定はされてないようにも感じたけどね。

せめて日本が負けると分かっていたのなら、少しは助けてくれても良さそうなものだけど、それもなかったのかなと思うし。

 

そもそも戦争はとても理不尽で悲惨だし、極力おきてはいけないことだと今なら誰でも思うけど、戦争が問題解決の手段として、当たり前のようにおきていた時代だったわけだよね。

戦争をしてはいけないことを人間が真にわかるようになるには、長い長い年月において、戦争を繰り返し起こしてきて、もうこれ以上戦争するのは本当に愚かだいうことを思い知るまで待つしかないと、神様は分かっているのかなと思う。それに心底気がつき行動するのを待っているのかなと思う。

戦争は決してするべきでは無いと政治家も人々も強く思い始めて、政治の制度も、戦争に関する考え方も、平和で民主的な方向へとどんどん変わってきているとは思うけどね。

戦争によって文明が発達した一面もあるけどね。そして経済が豊かになると、それらを台無しにする戦争なんか絶対やってはいけないと、ますます感じるようになると思うけどね。

 

とはいっても、戦後、実際に世界中で平和への思いが強くなってきても、それでも戦争はなかなか無くならない。

平和の流れに逆行するような国や、ひたすら軍事拡大に走る国、暴力的なテロを起こす人々もいるからね。そんな脅威から国民を守るためには、どうしても武装しなくてはいけなくなるし。

そこに持ってきて現代では、核使用の危険もあるわけだから、昔よりももっと危ない面もある。

 

 

ということで、神様は慈悲慈愛の塊のような存在だとは思うけど、今日に至るまで人類には戦争を繰り返してきた悲惨な歴史があった。

それは人間が悪いわけだけど、旧約聖書でも神様の戒めによって滅ぼされたり、イスラム教でも聖戦があったりと、いろんな宗教の神様を見ても愛と慈悲の一面だけではなく、別の、非情なる一面も持っている事がわかると思う。

それが、本当は大きな愛から来ていることまでは、なかなか理解されてないと思うけど。

 

神様のされることは、人間の尺度から見ると非情にも思えることや、時に理解できないこともされるからね。

神様の愛は大きすぎて理解しずらいこともあるし。

そもそも人を救うのが神様の役割のように思っている人が多いから、余計にそう思えるのかもしれない。

苦しい人々を救ってくれないとか、神様がいるのなら、こんなひどいことが起きるのはおかしいとか、そんな単純なものではないことがわかるまでには、かなり時間がかかる。

神様のすることに納得いかないから信じないというのも自由だけど、理解できないまま終わるのももったいないけどね。

人のちっぽけな頭で考えても神様の全てをわかるはずがないわけだから、謙虚な姿勢だけは持ち続けていないとね。

 

 

あと余談だけど、ギリシャ神話の神様なんか、気に食わなかったら人間を動物に変えてしまったり笑。笑い事ではないんだけど、そんなわがままな一面も持っていたりするよね。

神様にも人間のような喜怒哀楽の感情があり、人格を持っているというのが、本当は神様に対する正しい理解になる。

ただ神様だから、人間のような強欲さや、強烈な嫉妬や憎悪はされないと思うけどね。

 

それでも人間と一緒で、心から感謝されたり、嬉しいことを言われたりすると、やはり願いを聞いてあげようかな~、なんてことになりやすい。

仏教のお経でも、神道の祝詞でも、キリスト教のミサでも、神々を讃えまくっているわけだからね。

人の喜びポイントがそれぞれ違うように、神様にも個性というのか、ご性格があるから、それらも知った上で真心込めて讃えると、より聞き届けてもらいやすくなると思う。

 

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