実は今回のワールドメイトの神事で、改めてすごい証があったことを知った。
厳密に言うと、今回の神事のおかげでは無いけど、話は3月、4月の原発事故の話にまでさかのぼる。
3月11日の大地震の直後、福島原発に大変な危機がおきてきたことは、今や明らかになっているけどね。
そのことを、以前、記事にしていたのがこれ。
実はあの時、衝撃的な危機が迫ってたんだね〜!!
ワールドメイトのGW神業が終わってから書こうと思ったけど、さっき、衝撃的な凄いニュースを見つけたから、それだけはちょっと書いておこう。 福島の原発が最初から危険な状況で、特に3月14日から15日にかけ ...
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深見先生の話で、とにかくはじめの数日でチェルノブイリに匹敵するような恐ろしい大事故になる可能性があるからということで、とにかくワールドメイトで緊急祈願しようというメールが流れてきた。
そして一か月過ぎた4月に再び深見先生から詳しく聞いた話では、神仕組みのことまで言及されつつ、つまり一歩間違うと東京まで放射能で駄目になってしまうような、最悪の事態になる可能性が、事故直後におきる可能性があったという意味だったことがわかった。
それを詳しく聞いたときには、ぶるぶるっと身震いするほどびっくりしたけどね。
あの時はワールドメイトの九頭龍師の多くが、全国で祈願をしていた。
もちろん直後だけではなく、その後も大変な状況は続いていたけどね。
そして、今年の4月の初めの氷見神事では、原発事故処理に1年かかるところを3か月で収拾される、というお話があった。
もちろん最終的に廃炉にするまでには、この先何年もかかるだろうけど、とりあえず重大な危険を収拾するというニュアンスでの3か月だったと思う。
そうしているうちに、いつのまにか最初の頃のような重大な危機を伝えるニュースは無くなっていった。
あるころから、新聞やテレビで原発関係の話題が、一気に減少した覚えがあるからね。
まぁ、暗いニュースばかりいつもでも流していると、いつまでも元気にならないからというのもあると思う。
それでも、言われた通りになっているのかなと感じていたけどね。
それで、最近福島原発の現場の所長さんが、初めて取材に応じていた。
東京電力福島第1原発の吉田昌郎所長と記者団の主なやりとりは次の通り。
−−報道陣の前で初めて話すことになるが、国民にまず何を伝えたいか。
◆私が責任者の発電所で事故を起こしてご迷惑、ご不便をおかけしたことを心よりおわびしたい。日本全国、世界から支援の手紙や寄せ書きをいただき、特に被災された福島県からの支援の言葉は大変励みになっている。−−これまで一番厳しかった状況は。
◆やはり3月11日からの1週間。次がどうなるか私にも想像できない中、できる限りのことをやった。感覚的には極端に言うと「もう死ぬだろう」と思ったことが数度あった。−−1号機が水素爆発した時の状況とその時、感じたことは。
◆まず「ボン」という音を聞き、「何なんだ」と。現場から帰った人間から「1号機が爆発しているみたいだ」という情報が入ってきた。3号機は音と、(テレビの)画像で見た。4号機は本部にいて音は聞いたが、2号なのか4号なのか分からず、その時は(どちらか)判断できなかった。−−「死ぬかと思った」時とは。
◆1号機の爆発があった時、どういう状況かが本部では分からなかった。現場からけがをした人が帰ってくる中、格納容器が爆発していれば、大量の放射能が出てコントロール不能になる(と思った)。3号機も爆発し、2号機の原子炉にもなかなか注水できず、先が見えない。最悪の場合、メルトダウンもどんどん進んでコントロール不能になるという状態で「これで終わりかな」と感じた。−−危機を脱したのはいつごろか。
◆(爆発の)次は4月初めに高濃度の汚染水が漏れ、水処理(設備)を一生懸命造った。6月いっぱいぐらいまではかなり大変な思いをした。全体のシステムとして本当に安定したのは7、8月だと思う。−−原子炉の現在の状態は。
◆私がデータを見て確認している限り、原子炉は安定していることは間違いない。ただ「超安全」ということではない。線量は非常に高く、日々の作業という意味ではまだまだ危険もある。周辺住民に安心いただける程度に安定しているが、(事故収束の)作業はまだ厳しい状況だ。−−1、3号機は燃料が溶融しているが、安定させられるのか。
◆原子炉の各部の温度変化などを見る限り、燃料が外に出ていたとしても、圧力容器だけでなく格納容器も含めて、原子炉全体が冷却されており、安定だと判断している。
ということで6月いっぱいまではとても危険な状況だったらしくて、安定したのが7月からだということだ。
つまり4月から3か月で、最悪の危険な状況はとりあえず収拾したと、現場の一番詳しい人が証言したと思っていいよね。
それで、4月初めの氷見の神事でのお話のとおりになっていたんだなと気が付いた。
そして改めて、最初の一週間がどれほど危ない状況だったのかを、現場の一番詳しい所長の口から聞けたことで、かえすがえすも事故直後にご祈願していて良かったなと思った。
また、それを指摘された深見先生の直感というか、ご判断が正確だったことに感心した。
もちろん今日にいたるまで、命がけで事故処理にあたってくれた関係者の人達、自衛隊の人達の決死の作業のおかげだけどね。
本当に勇気ある行動の数々に頭が下がるし、感謝の言葉しかないけどね。
それでも現場の所長が、何度もこれで終わりかなと思ったくらいだから、神様の御加護があったおかげで最悪の爆発にならず、関係者の人々の努力が実を結んでなんとかここまで収拾できたんだと思う。
ホントに凄まじいことだったと思う。
なにはともあれ、原発が安定してきてホント良かった。