いろいろなお話がワールドメイトで聞ける

聖徳太子が、のちの日本文化の基本となる流れを作った !?

投稿日:2016年8月23日 更新日:

ワールドメイトや、それ以外の活動でもそうだけど、深見東州先生のスゴいなと思うところの一つに、専門的な知識を、いつでも何度でも全く同じ内容でお話することができるというのがある。

その道の専門家ならば、それくらい当たり前だろうと言われそうだけど、深見先生の場合、専門は一つではないからね。多彩な分野にわたって活動されているにもかかわらず、その分野の専門知識を、いつでもスラスラとお話しされる。

 

さらに、専門ではなさそうな分野でも、聞いたことを、そっくりそのまま再現されることもある。信じられない記憶力の良さだなと思うことが限りなくある。

きっと頭の構造が違うのかなと思うけど、深見先生ならではの、忘れないための秘密のコツがあるようだ。聞いたけど、ほとんど真似できてないけどね。

 

 

先週の「深見東州のぜんぶ私の話、ぜんぶ私の歌」では、お盆の由来についてお話されていた。

ワールドメイトでも何度か聞いたけど、これも、同じ内容をいつも正確にお話されている。

いつも感心して聞いているけど、何度聞いても覚えられない。もっと深く関心を持たないといけないんだろうけどね。

そこで、今日は忘れないように、ここに一部を書いておこうと思う。

 

まず一般的な、お盆の由来の有力な説としては、wikiから引用すると、「盆の明確な起源は分かっていないが、1年に2度、初春と初秋の満月の日に祖先の霊が子孫のもとを訪れて交流する行事があった(1年が前半年と後半年の2年になっていた名残との説がある)が、初春のものが祖霊の年神として神格を強調されて正月の祭となり、初秋のものが盂蘭盆と習合して、仏教の行事として行なわれるようになったといわれている。日本では8世紀ごろには、夏に祖先供養を行うという風習が確立されたと考えられている。地方や、佛教の宗派により行事の形態は異なる」となっている。

それだけでは、わかったようなわからないような、もやもやしたものが残るので、次に深見東州先生の説を書いてみる。

 

お盆は聖徳太子が作られたと言われていた。お盆ができる以前には、日本には正月が2度あったそうで、冬の正月の方は神道で残しながら、夏の方は仏教の盂蘭盆会の説と結びつけたと言われていた。

仏教をそのような形で結びつけないと、日本に定着しないと思ったからのようだ。

 

聖徳太子は仏教を積極的に取り入れたけど、その時に神道の祭祀は皇室の中に深く残したとも言われている。

庶民の教導のために仏教を積極的に取り入れ、官僚には儒教の教えも取り入れ、日本古来の神道の奥義は滅ぶことがないように皇室の奥に残されたのだろう。

聖徳太子は、のちの日本文化の基本となるような、大きな流れを作り上げたと言えるかもね。

 

ちなみにその頃は神道という名もなくて、仏教が入ってきたことによって、それらと区別するために1万5千年前くらい前の縄文時代から続いてきたであろう、日本古来の先祖崇拝や風俗習慣を神道と呼ぶようになったそうだ。

老荘思想にある言葉だそうで、お墓に行くまでの道という意味があるそうだ。位牌のことも神道というらしい。

 

ところで、知ってる人も多いけど、仏教そのものには先祖崇拝の教えは無いそうだ。

仏教の教えのポイントと言われる三宝印にも四諦八正道にも、先祖供養をするような教えは無い。日本には祖霊信仰がずっと昔からあったけどね。

 

そして位牌も、今のような寺院や墓地にあるようなお墓も、仏教からではなく、儒教やその影響から来たもののようだ。

ストゥーパ(卒塔婆)から来たのではと思う人もいるようだけど、諸行無常(物事はすべて移り変わっていく)、諸法無我(物質や肉体には実体がなく、やがて滅んでいく)、涅槃寂静(禅で言うところの見性であるニルバーナが続くことを目指す)という、現実や物質への執着をなくすことを説いた仏教の教えから言うと、本来の仏教にはそぐわない習慣であることがわかるよね。

 

また話は変わるけど、日本の修験道は、聖徳太子の時代のすぐ後に生まれた役行者が始まりだと言われている。

役行者が開いた山に、行基、空海も行き、修験道が確立していったようだ。

その後の日本の宗教で、修験道や山岳信仰の影響を受けてないものは、ほとんどないらしい。

 

ただ山岳信仰と言っても、日本の場合は霊山神山は決まっていて、そうでない山とはっきりと区別されている。

アニミズムのようにも見えるけど、なんでもかんでも自然を崇拝しているわけではない。

 

そうして、日本は八百万の神がいる多神教なので、この神様がダメでもあの神様がいる、みたいなことも可能だ。これが一神教だとそうはいかない。その神を受け入れなければ、あとは虚無というか無信仰になってしまうわけだよね。

その点、多神教は救いの選択肢が広いと言える。また、それが、日本人の宗教的な寛容性につながっているようだ。

もともとの古来からの信仰があって、そこに仏教が結びつき、そこから修験道が生まれ、儒教も根付き、老荘思想も受け入れられ、キリスト教には厳しい時代もあったけども、一部ではあるけど熱烈に信仰されてきたからね。

日本人は、基本的に文化や宗教に寛容な民族なんだろうなと思った。

 

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